理事長挨拶

一般社団法人 藤岡青年会議所
理事長 中里 太一
はじめに
 私たちは何のために青年会議所運動を行っているのでしょうか。私たち青年会議所はまちの人たちに必要とされていますか。もし私たち青年会議所がなかったら、まちはどうなっていますか。
 戦後間もない焼け野原から立ち上がり歩み始めた日本における青年会議所の運動は、幾多の変遷を経てその歴史を紡いできました。そして、私たち藤岡青年会議所は1967年に創立され、まちの未来のためにその時代背景に適した先駆けとなる運動をおこなって参りました。何のために運動をおこない地域に必要とされ続ける団体にしたいのか。私はその答えは「ひと」だと思っております。私たちは当然のことながら自分自身が青年会議所の存在を必要であると確信しております。そしてその確信をまちの人たちに実直に伝える運動を続けることで、そのまちに絶対的に必要な団体として在り続けることができます。
 青年会議所は「明るい豊かな社会の実現」を理念に掲げ、各々のまちや地域の人たち、広くは世界の人たちと共に運動を展開し歩みを進めております。その役割として、私たち自身は時には主体的に事業を実行し牽引役を担うことも必要とされますが、主体となる人たちに運動できる機会を創出し活躍できる環境を支え当事者意識を拡充すると共に、構築した事業が独立独歩による運動を展開し、掲げる理念を拡大させ協働実現を果たすことが、この理念を掲げる青年団体としての1つの終着点であると考えております。
 私たち藤岡青年会議所では、まちの人たちと協働しこの理念の実現に向け運動を構築し実行すると共に、まずはその牽引役となる会員の育成と組織の成長、そして地域の発展の一助となるよう邁進して参ります。
人財開発による組織の発展
 近年会員数が減少の一途を辿り、同時に経験豊富なメンバーも少なくなり、組織として量的にも質的にも大変厳しい状況であります。青年会議所では「奉仕、修練、世界との友情」を会員の信条としておりますが、それも会員がいてこそ成り立つことであり、事業を構築し実行と発信また検証を行い、より良い地域へと変革していくためには、まずは会員数の増大が必要不可欠な要素であります。この課題解決のために、明確かつ具体的な対応策を講じ、本年度は30名規模の組織を目指します。
 私たちは青年会議所の一員としての信念を持ち、運動により地域や未来を変えることができます。そのために、まず私たちは自分自身のために自分を変え、自分達の組織を変えるための行動を起こし、青年会議所運動の原点と本質を改めて理解する必要があります。自分たちの行動を真剣に見つめ直し、JAYCEEとして当たり前のことを徹底的に行い、会員の一人一人が主体性を持って考え行動し、この個人の土台を作り上げたうえで、人財を結集し組織風土として浸透させなければなりません。運動を通じて自分の信頼を積み上げ、青年会議所運動の価値を分かち合える仲間や環境を増やしていき、JCI MissionやJCI Visionの実現のために、人を動かし、地域を変え、人生を変える運動ができる人財を育て、伝統を重んじ革新を起こせる組織に成長させて参ります。そして組織において事業活動を営むうえで重要となるのは、そこに属する人達が同じ志を持ち、活躍できる環境を創造することだと考えております。私はその先頭に立ち率先して環境作りに取り組み、自己の成長と組織の成長に繋がることができる組織作りを進めます。
愛郷心醸成によるまちの発展
 地方の小規模都市と中山間地域とを合わせ持つ藤岡市においては、少子高齢化とそれに起因する様々な課題や不安を抱えており、その1つとして経済規模の縮小によるまちの発展性が危惧されております。行政で言えば1つの指標として税収があり、これにより医療や福祉あるいは教育の充実など各種施策の根源となりますが、やはり活力があり発展性のある地域では、ひとも集まり仕事も集まり、そのサイクルによりまた相乗的に地域力が向上していきます。まちの発展はひとの発展と表裏一体であり、ひとの発展なくしてはまちの発展はありません。経済活動が全てではありませんが、地域を維持していくにはひとが重要な要素であると考えております。
 構造的な人口減少社会を迎え、藤岡市においても現在の人口約65,000人から2040年には約52,000人となることが予測され、その構造も同期間において生産年齢人口割合は約58.8%から約51.2%へと縮小し、逆に老年人口割合は約28.6%から約39.1%へと著しく増大することが見込まれており、人口構成バランスの不安定化が危惧される数値となっております。昨今では、社会的対策として各地で様々な検討・実施が試みられておりますが、私は各々の地域における教育課程や就労過程における愛郷心の醸成が重要であると考えており、地域に関わりのある人達にその地域で暮らし生活をする郷里の魅力を伝えられていないことが課題だと思います。ひとの価値観はそれぞれ違い、歩んできた人生も将来も一括りで捉えることはできませんが、私は郷里の魅力はひとの繋がりであると考えており、生まれ育ったまちで家族を核とした地域コミュニティーで人生を送るのも、地域社会を支える1つの原点であります。地域で住まう人々が、その地域において自分に見合い将来に渡り豊かな社会を創造できる郷里の魅力を発信いたします。
国際意識醸成によるまちの発展
 国際を意識させる世の中の風潮とのギャップとして生まれている、国際に対する地域社会あるいは地域住民が求めるニーズや将来の展望を正確に掴むことが、地域における国際を考える際には重要であり第一歩であると考えております。まずは各々の地域における現状と課題を整理し、行政や市民と共に地域に合った取り組みを行うことが大切なことだと思います。
 国際に関する事業や活動を行うにあたり、外国人の方々と一緒に取り組む交流事業などが身近でもあり、一時的には市民と外国人の交流の場として充実した時間となりますが、地域における国際を考えた時には、継続的な進捗によりその地域に根差した定着化が不可欠だと考えております。また歴史や文化をはじめ相違を意識し理解することも非常に大切ではありますが、地域における国際意識の醸成には、あらゆる共通点や共有感を意識することが重要であります。一朝一夕では市民の意識変革には至らず、継続的なコミュニティーを形成し連携を取りながら協働で意識醸成を図れる礎を構築したく取り組みます。
御巣鷹山日航機墜落事故を考える
 1985年8月12日、日航ジャンボ機墜落事故が群馬県多野郡上野村(御巣鷹の尾根)にて発生しました。この事故から34年が経ち、時間の経過と共にご遺族の高齢化も進み、事故の風化が懸念されております。事件が起こらなければ社会は動かない、起こる前に何とかしたい、しかし起きてしまう。1つの飛行機事故を通じて人々は色々な感情を持ち、それぞれが決意を固める現場を目の当たりにした時に、気持ちが行動に変わる瞬間に携わらせて頂いております。突然の事故によりその日を境に遺族となり、生活の全てが変わってしまった人たちに対して、我々地域の先輩達は、支え、助け、寄り添って参りました。時代の経過と共にその使命は変化しつつも、遺族の方々と共にゆっくりと歩んできました。近年では、他の災害や事故などで遺族となってしまわれた人たちの拠り所となる緩やかな連携も進み、社会の安全を恒常的に共感し発信する場にもなっております。
  藤岡青年会議所では、10年程前から事故の関係者に寄り添い、灯篭流しや慰霊登山を支える事業を継続して実施しております。事故の事実やその教訓を広く伝えると共に、事故の認識を深め二度と同じ事故を起こさせないために、当事者意識の醸成を図り、対外的には地域の学生、青年団体、企業、教育機関、行政と連携して取り組む機会となっております。 現在ではこの痛ましい事故から年月が経過し、共感の和も大きく広がっており、関係する諸団体の方々を始め多くの人たちの協力と努力により今日まで継続できております。今日までの歩みと関わりを藤岡青年会議所として改めて体得し検証を加え、関係諸団体の方々に寄り添い続けられるよう一緒に今後の歩み方を構築して参ります。
結びに
 藤岡青年会議所がこの地域において絶対的に必要な存在として、変わらないために変わる、在り続けるためには変わり続けなければなりません。青年会議所は意識せずとも自らが行動を起こし、また市民と共に変わり続けまちづくりを展開しております。常に時代の先駆けとして運動を展開し、それを発信し続ける団体でありますが、地域の青年会議所として地域の人たちに必要とされ、また在り続けるためには、崇高な理念と共に地域に適した模範となる行動力が必要であると思います。伝統を重んじ大切にすると共に、変化と改革を続ける団体として、地域に必要とされ続ける運動を展開して参ります。

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